» 元イェール大助教授、斉藤淳が英語を通じて教えたい本当のこと

新テスト・英語民間4技能試験対策サイト

教育者インタビュー

元イェール大助教授、斉藤淳が英語を通じて教えたい本当のこと

2015.12.02

斉藤先生1

斉藤淳プロフィール

・J PREP 斉藤塾代表。全体の統括に加え、教材開発、授業、進路指導を担当。
・上智大学外国語学部英語学科卒業、イェール大学大学院政治学専攻博士課程修了、PhD。
・ウェズリアン大学客員助教授、フランクリン・マーシャル大学助教授を経てイェール大学助教授、高麗大学客員教授を歴任後帰国、J PREP 斉藤塾を起業。各大学では日本政治、国際政治学入門などの授業を英語で担当。
・元衆議院議員(2002-03年、山形4区)
・NHKラジオ『基礎英語2』で作文指導の連載を担当(2015年度)。

著書:『世界の非ネイティブエリートがやっている英語勉強法』(KADOKAWA 中経出版)
           『10歳から身につく問い、考え、表現する力』(NHK出版) 

政治学者から教育者へ

―大学教授や国会議員を経験された斉藤先生が、なぜ英語教育に携わろうとお考えになったのでしょうか。

選挙に出たとき、私自身が取り組みたい課題として、農業、交通インフラ、教育がありました。そして、教育のなかで何か優先して取り組むべき課題があるとしたら、英語教育改革だろうと考えていました。ちょうどその当時、日本ではゆとり教育が盛んに叫ばれていました。言って見れば、初等・中等の教育カリキュラムを緩和するという政策です。私がそのときに懸念したのは、日本全国の公立学校の相対的な地位の低下により、教育機会の地域間格差が拡大し、教育課程全般で塾依存が拡大するということです。

―つまり、ゆとり教育はダメだとお考えになったのでしょうか?

ダメだと思いましたね。私は、基礎学力を重視する教育が必要だと考えていました。国語も数学も英語も、自己表現の基礎的なトレーニングとして、重視しなければならないと考えています。英語も日本語も、自分の考えを誰かにうまく表現し、他者を理解するための言語として実在しているわけです。しかし日本の教育は、自分の考えを言語化するトレーニングが弱いと私は考えています。ですから、英語を学ぼうとしても、なかなか身につかない。表現の方法を教わっていないからです。母語である日本語についても同じことが言えるでしょう。そこを強化するために、自分には役割があると当時から考えていました。

―教育の根本を見直す必要があるということですね。斉藤先生が考えるいい教育とはどういった教育でしょうか。

いい教育とは、個人としての自立を促す教育です。そのためには表現力が不可欠です。この大切なcomponent(構成要素)が英語であり、国語です。表現する姿勢が大切なのです。英語はあくまで手段ですので、英語を学ぶことを自己目的化してほしくないと考えています。

教えたいのは、英語じゃない

―表現する力を身につけることが大切だということですか。

そうです。私は、英語を教えているときはいつでも、同時に「考えること」を生徒たちに学んで欲しいと思っています。最近の英語業界では4技能が叫ばれていますが、私は、この「考えること」を度外視して4技能はないと考えています。ですから、私どもの指導では4技能ではなく、5技能だと強調しています。

―4技能試験によって、試験においても「思考力」は問われていると思いますが、いかがでしょうか。

試験問題に対する回答として考え、表現するアウトプットは、いわば短距離走です。短距離走は筋トレをして、練習をたくさんして本番に臨むわけですが、試験で求められる思考力も、どちらかと言えば決められたトラックを走るような思考です。テストで問われる単発的な考え、表現する力だけではなく、私の重視する「考える営み」とは、生まれてから死ぬまで一生続く行為のことです。世の中には、簡単には表現できないことがたくさんあります。起業家は、現時点で存在しないサービスを世の中に提供します。研究者は現時点で存在しない知識を、仮説を立てて検証していきます。今ない価値を価値として提供する営みや、存在しない知識を知識にしていく営みには、長期にわたって考え、判断して実践していく力が必要です。この基盤を、教育者として子どもたちに教授できればと思います。

以前、イェール大学レヴィン総長が来日した際に通訳の仕事をしたことがありました。都内の記者会見で、イェール大学の教育方針はなにかと聞かれたのですが、総長は「卒業する生徒一人一人に、”a good thinker”であってほしい」と答えていました。良いことも悪いことも自分で判断し、行動できる人間になれるよう教育することがイェールの教育理念だと答えたのです。私の目指す教育の姿も結局はこれと同じで、考えること自体を楽しんでほしいし、その成果を共有できる人間になってほしいと考えています。

―塾というと、やはり「受験」を一つの目標にがんばる親御さんが多いと思いますが、いかがですか。

上級学校への入学資格として避けて通れませんので、受験の重要性を否定するつもりはありません。また子どもたちが勉強する動機づけとしても無視できません。一方で、子どもたちも直感的に、楽しい勉強とそうじゃない勉強の違いを理解しています。点数のための学習もできるけれど、もっと高貴なものを目指したいという子どもたちもいます。考えて表現するという無限の好奇心を私たちはつぶしてしまってはいけません。要するに、多数の科学者や企業家が、知識や情報に対峙してきた高邁な営みを、単なるパターン認識ゲームの次元にまで陳腐化させてしまって良しとしてはならないということです。

入試というのは、実際の運用を見ると、学校側が短時間に低コストで合否を判断するための手段でしかありません。ここで必要悪として採用されているのが、正解らしい知識を短時間で要領よく識別していくパターン認識ゲームです。また教える側も、入試に準備するための手っ取り早い方法として、問題パターンを覚えさせて、この質問なら答えはこれ、とマニュアル化して詰め込んでしまいがちです。これが全て悪いとは言うつもりはありませんが、このような勉強法だけでは、そもそも学問のなんたるか、一番大切な方法論を学ぶことができません。不確実性の中で判断することはどのようなことなのか、抽象的な思考力も磨かれません。それだけでなく、受験向けの訓練を受けることができるのも、それなりにお金に余裕のある家庭の子どもに限られてしまうかもしれません。これに対しては、自分が高校生のころから疑問を持っていますね。

―斉藤先生が高校生のころから、ずっと日本の教育は変わってないということですか?

本質的には変わっていないと思いますよ。ただ一方で、子どもの長期的で知的な取り組みを、効果的な形で取り入れているのがアメリカ型大学入試です。こういった入試はかなりコストがかかるので、日本でやろうとしても簡単にできるものではないのです。出願書類では課外活動でどのような貢献を成したか説明する欄がありますし、入試担当者も、これに丁寧に目を通します。学校の授業で、周囲の生徒にどのような影響を与えたかも評価されます。

―とはいえ最近、日本の大学入試もTEAPやTOEFLなどスピーキングのある英語試験を取り入れるようになっていますよね。

これは歓迎すべき変化だと思います。今まで英語に関しては、短期間で点数をつけやすいのが筆記試験とリスニングテストでした。私が受験生だった1988年の入試では、英語で面接があったのは上智大学の二次試験だけでした。ほとんど全ての大学で、読解の一技能に文法パズルが付録として付いていただけの入試問題でした。申し訳程度に課される作文問題は、作文ごっことさえ言えない、英文法パズルのおまけのような問題が多かったですね。

IMG_2

あえて、集団教育

―斉藤塾にお子さんを入塾させる親御さんは、どういった方が多いですか?

やはり、ご自身が日本で受けてきた教育に満足できなかった方が多いと思います。英語教育に満足しなかった方と、これから子どもたちが必要になるスキルを学校やその他の塾で養成できないという不安を感じている方々です。カリキュラムもかなりのスピードでやっていますし、1クラス20名以下、ネイティブと日本の講師の2人を必ずつけています。授業外で作文添削、発音添削を行っていますので、むしろ個別指導よりきめ細かい指導を提供していると思います。

―個別指導は教育にとってよくないとお考えですか?

個別指導の是非を問う前に、日本型教育の功罪を分析する必要があると思います。ペーパーテストだけで入試を行う最大の欠点だと思いますが、教育課程を通じ、子どもたちに「自分の学んだ成果は自分にしか返ってこない」という態度を染みこませてしまっています。これは誰も意図してそうしているわけではないと思いますが、結果的に明確にそうなってしまっています。何か自分が意見を言うことで友だちが学ぶ、友だちが意見を言うことで自分が刺激される、これを学ぶ環境が少なすぎるのです。ですので、集団でディスカッションをしながら学ぶ環境を大切にしています。反面、個別指導は確かに、個人の苦手な箇所をピンポイントにつぶす意味では役立ちますが、これだけではリーダーシップも養成されませんし、集団の中で意見をいう勇気も養成されません。リメディアル教育など多様な選択肢の一つとして個別指導があるのはよいですが、これを主流と考えるのはよくないと思っています。私は少数のリーダーを養成したいと考えているわけではなく、多数の児童・生徒一人一人をエンパワー、直訳すれば力をつけてあげたいという気持ちで、教育に関わっています。

テンプレートを教える理由

―斉藤塾が中高生をターゲットとしているのは、どのような意図があるのですか?

小学生は積極的に発言し、中学生は逆に発言をしないという傾向があります。とくに中学受験を経てしまうと、必ず正解があって、正解を聞いてかえらないと不安という態度になってしまっています。自由作文ですら、「正解は何ですか」と聞いてしまう態度です。それをいち早く拭うために、彼らの成長に一番大切な時期である小中学生の段階で、事実認識、価値判断を経て表現する方法を身につけて欲しいと思っています。

また、英語教育と同時に、国語もしくは日本語教育にも無関心ではいられません。国語の、特に現代文の教育では、現代の作文技術という意味において劣悪な文章を読ませすぎだと思います。そもそも文章を批判的に読解する訓練が脆弱なだけでなく、前時代に名文だと評価されていた高名な評論家による文章を有り難がって読ませる態度を克服しなければならないですね。難解な悪文で、学術的根拠も希薄な評論文を教科書に採用したり、入試で出題してきたことも原因の一つですが、自分の考えや科学的知見をわかりやすい文章として表現する教育が非常におろそかになっています。

一方で、現代の英語論文は、最初に結論を述べ、これを具体的な根拠とともに説明していく順番を取ります。ある意味で、ビジネスコミュニケーションの良い基礎になっています。アカデミックコミュニケーションでも同様で、仮説と主題があり、それをどう論証していくかというスタイルです。この点において、TOEFLなどの5段落論文の書き方も大変役に立つのです。庶民派宰相の代表格である田中角栄も「結論は最初に言え。理由は三つまでだ」と言っています。TOEFLの論文対策と全く同じことを日本の政治家も言っていたのです。ですから、ビジネスコミュニケーション、アカデミックコミュニケーションのテンプレートとして、英語論文の型を知っておく必要があると考えています。

―テンプレートを否定する人もいますが、ビジネスコミュニケーションはテンプレートに沿って行われています。

型を覚えるのはとても便利だと思いますよ、実際に使えるので。英語の作文のテンプレートは、年々進化してきたビジネスコミュニケーションのスキルを型にしたものなのです。一般的にテンプレートは、長年のカイゼンを経て、先人の知恵が凝縮されていることが多いのです。テンプレートを、テンプレートだから使うという発想しかできない人と、なぜこのテンプレートが存在するのかを考えられる人との違いは大きいのです。テンプレートを学ぶことで、論理的思考や、不可欠な情報が何か身につきます。もちろん、これを万能視してはいけませんが。

私は大学一年生の授業で、学術論文執筆法を学びました。あとあと留学したときに一番役に立ったのは、そういったテンプレートや文献の引用の仕方などです。当時は日本の大学でこれを丁寧に教えてくれるところは少なかったと思います。私はアメリカの大学で教育を受けた先生方に、これを丁寧に教わりました。私は英語教育を通じて、日本の教育では軽視されている、そういった表現の技術の大切なところを、中高生に教えようとしています。

それから、「思考法」です。「思考法を教えるぞ」と言っても生徒は興味が湧きません。そこで、英語を使ってこれを身につけてくれればと思っています。英語を学ぶことは普段の授業にも直結しますし、大学受験にも役に立ちます。子どもたち一人一人の興味関心が違うのは当たり前です。「さぁ科学哲学を学ぼう」といっても、興味を持つ子どもばかりではありません。一方で現実問題、学校の成績や入試にも直結する英語を学ぶついでに、この思考法を身につけることができればよいのです。自分が本源的に何に興味を抱き、一生懸命になれるかは、一人一人が自分で考え、発見してほしいと思っています。

カタカナ英語とローマ字は厳禁

―斉藤先生は、発音を意識して教育されていますが、きっかけがあったのですか?

外国語として英語を教えているわけですから、当然のことです。私自身、発音で失敗した経験はたくさんあります。レストランで、注文したものと違うものが出てきたり。しかし、自分が失敗したことがあるから発音が重要だと思うとか、そんな短絡的な理由ではありません。

カリフォルニア大学に留学したあと、家庭教師をした経験があります。そのときの教え子は、中高一貫制の進学校に通っていて、数学はかなり得意だったのですが、英語がまったくできなかったのです。その生徒に対してまずやめさせたのは、英語のカタカナ読みです。例えばtrackとtruck。本来は違う発音ですが、カタカナ英語だと両方とも「トラック」になってしまう。日本語と英語の言葉の違いである発音を意識しないと、単語自体を覚えられないのです。音を発音記号と結びつけて区別させ、実際に使い分けて発音できるまで練習させました。自分で発音できない音は、うまく聞き取ることもできないのです。丁寧な音声指導と、英語を英語のまま理解するための文法指導、音読、暗誦を続けていくうちに、短期間でその生徒の成績は学年でもトップレベルのところまで伸びました。外国語の教授法として理にかなったことを実践すれば成績が伸びる、ただそれだけのことです。

音を意識することは、ほかにもメリットがあります。音には意味的なヒントもたくさん隠されています。音のイメージが身についているかどうかで、英語を聴き取った瞬間に、意味を速く深く理解できるか、影響してきます。例えばbは口を爆発させる音を出しますが、burn(燃える)はbで始まりますし、bat(打つ)も何かがぶつかるという、似たようなイメージがありますからね。

それと、もう一つ言っているのは「ローマ字禁止」ということです。ローマ字は、母語でアルファベットを用いる人々が、日本語を外国語として真似するために作られたものです。つまり日本語を、ヨーロッパ系言語の知識に基づいて模倣するために使うものなのです。ですから、私たちが英語を学ぶときローマ字を用いるのは、いわば高速道路を逆走するような危険行為です。「カタカナを振ること」と「ローマ字読みをすること」は絶対に禁止ということを生徒に厳命しています。

英語力を伸ばす三つのコツ

―英語を勉強し直したいと考えている社会人の方に、学習法のアドバイスをください。

いまから英語を勉強し直す社会人の方にも、やはり発音を意識していただきたいです。アメリカでは子どもたちは「フォニックス」を通じて、子どもに英語の音のルールを教えます。catを「キャット」と発音するのではなく、[k] [A] [t] 一つ一つの音の読み方を組み合わせて発音できなければなりません。アルファベットをきちんと発音する、フォニックスを正しく覚える、数字を正しく発音する、この三つを徹底させるだけで、英語力の伸びはだいぶ違うと思いますよ。

そして、自分の興味のあるテキストを音読する、好きな動画を見るなどしましょう。大人は自分の趣味嗜好がある程度決まっていますから、自分の好きなジャンルに合わせて学習していけば楽しく勉強できると思います。

年齢に関係なく言えることは、英語を学習すること自体を目標にするのではなく、道具として使うことを目標にしてほしいです。学習自体を重視してしまうと、どうしても勉強しなきゃというネガティブな考えになってしまいます。しかし、それを使って自分の知見を広げると考えれば、楽しみながら学習もできるし、気づいたら自分自身のものにできますよ。やらなきゃいけないという考えを捨て、下手でもいいから使うことを心がけましょう。

 

IMG_6

 

  • 4技能試験対策スクール

タグ一覧

人気記事

1
4技能試験の概要/特徴

TEAPの概要・配点・難易度とメリット・デメリット

2
学習法・勉強法

英検2級ライティング問題で7割取れる英作文を書く7つのコツ

3
学習法・勉強法

英語で小論文を書きたい人必見!英作文が上手くなる3つの方法

4
2018年4月入学入試

【2018年4月入学入試】TEAP利用型入試で上智大学に合格したいなら初めに読む記事

5
学習法・勉強法

【新形式】 英検準1級ライティングを攻略!その変更点と必勝ポイントは?