文科省の向後秀明に聞く、中・高英語教師に求められること

向後秀明さんは、千葉県公立高等学校の教諭、千葉県教育庁を経て、現在は文部科学省 初等中等教育局 教育課程課及び国際教育課の教科調査官として高校を中心に英語教育の改革を推進されています。文科省は、現在の学校英語教育の状況をどのように捉え、4技能を総合的に指導するという目標に向かって、どのような施策をうっているのか、英語4技能試験対策スクールのベストティーチャーがお話をうかがいました。

向後秀明さん

学習指導要領に「英語で授業」を明記した意味

ー 今年から高校の3学年すべてで実施されている学習指導要領では、英語に関して「授業は英語で行うことを基本とする」という記載が、旧学習指導要領になかった点として非常に注目を集めましたね。

「授業は英語で行うことを基本とする」ということには、次の2つの意味があります。

  • 教師が英語を使って授業を展開する
  • 生徒ができるだけ英語を使って言語活動を行う

特に日本はEFL(=English as a Foreign Language、外国語として英語を学ぶ)の世界で、日常生活ではほとんど英語を使わずにすんでしまいます。そのため、英語を習得するには、授業で多量の英語に触れるとともに、実際に使う十分な機会を作る必要があるのですが、これまでの授業は先生が一方的に話す「講義型」が多すぎて、生徒が英語を使う機会が少なかったという反省があります。

「聞く」「話す」「読む」「書く」の4技能を総合的に育成するという目標自体は、前の学習指導要領でも同じなのですが、それにドライブをかけるという意味で「英語で行うことを基本とする」」と明記しました。

ー 現在の学習指導要領では、高校卒業時の生徒たちがどの程度の英語力を身につけているべきと考えられているのでしょうか?

小学校、中学校までは、4技能を使って自分が関わっている世界について理解したり表現したりする活動が多いと思いますが、高校卒業段階だと、自分から社会へのつながりを持つ話題などについて議論できるようなレベルが期待されます。例えば、小学校では食べ物の好き嫌いについて伝える、中学校では健康な食生活を送るために留意していることを説明する、高等学校では遺伝子組み換え食品の是非について討論する、といったイメージです。そのような基礎があった上で、大学入学後や社会に出てからは、必要となる専門分野を英語で勉強できる力を身につけることが求められます。自分の専門について、英語で読んで分かる、説明できる、考えたことを提案できる、といったことですね。それを可能とするためには、大学でも授業を英語でしなければいけないのですが。

「英語で授業」のために、先生がネイティブレベルである必要はない

ー 現在の学習指導要領が公表されたときに、「今の先生たちに英語で授業ができるのか」と心配する声もありましたが…。

当時のマスメディアの反応はそうでしたね。「英語で授業、先生できますか?」というようなヘッドラインが付いたりして(笑) そうやってメディアに取り上げていただくのはありがたいのですが、英語で授業をするというのはあくまで手段であって、目的は生徒が英語によるコミュニケーション能力を身に付けることなので、そこばかり注目されるのは困りますね。

ー 実際に、英語で授業をする先生は増えてきているのでしょうか?

文科省による「英語教育実施状況調査」の中で、教員の授業における英語使用状況についても調査を行っていますが、英語で授業を展開している先生の割合は、飛躍的に伸びています。例えば、旧教育課程下の平成22年度「英語Ⅰ」では、「発話をおおむね英語で行っている」教員と「発話の半分以上を英語で行っている」教員を合わせた割合は全体のわずか約16%でしたが、平成26年度「コミュニケーション英語Ⅰ」ではその3倍の約48%に上昇しています。

英語担当教員の英語使用状況

平成26年度「英語教育実施状況調査」(文部科学省)より。各授業における、「発話をおおむね英語で行っている」と「発話の半分以上を英語で行っている」を合わせた割合。

ただ、特に施行1年目は、それまで日本語でやっていた授業を英語に置き換えただけだったり、自分が英語を話すことでいっぱいいっぱいだったりと、「とりあえず英語にしました」という授業も多く見受けられました。今、現行学習指導要領の3年目を迎えて、英語で行う授業の質を高める段階に入っています。

ー どのような授業が理想ですか?

究極は、先生自身の発話量を抑えて、子どもたちの英語による言語活動が中心の授業の中で、先生が生徒の発話などをサポートするという授業です。先生がネイティブ・スピーカーのようにスラスラしゃべれなければいけない、というのは誤解なんですよ。むしろ、生徒が理解できるように簡単な英語で説明できる方が良いのです。具体的には、例えば高校生に対する授業では、中学生にも分かるような言い換えを考えてもらえるといいですね。先生は、生徒が発話した英語をできるだけ拾い上げて、それをうまく言い換えて他の生徒に伝えたりすることで、「こういう風にも言えるのか」といった気づきを与えるなど、インタラクションを通してインプットをしてほしいのです

国をあげて、英語教師のレベルアップを推進中

ー とはいえ、文法も教えないといけないですよね?

従来型の授業のやり方を変えられない根本のところに、文法を教えこまないと言語活動はできない、表現を覚えさせないと話したり書いたりできない、という考えに縛られすぎているということがあると思います。「まずは説明が必要でしょ」ということで、“Today’s target is 〜”と解説型の授業を始めてしまうんですね。でも、文法や表現は必ずしも最初から明示的に教えるのではなく、言語活動を行う中で必要に応じて説明をすることで学ばせることもできるんです。その方が、言語の使用場面を明確に示すことができるため、生徒もよく理解し、コミュニケーションの中で文法や表現を実際に使うことができるようになっていくでしょう。

ー まずは、生徒の言いたいこと、言うべきことありきでスタートした方がいいということですね。

その通りです。例えば、「今日の授業では受動態を学ばせたい」というときに、今までのやり方では、最初に「受動態は、主語+be動詞+過去分詞の語順になります」というようなことを説明します。そうではなく、「今日の授業を通して、自分の町を紹介できるようになります」という言語活動の目標を示してほしいのです。そして、「紹介の中で、町にある建造物についての説明を入れてくださいね」という条件を含めると、“The City Hall was built 〜 years ago.”といった表現が必要になってくるはずです。受動態がわからなければ、“The City Hall is 20 years old.”と表現するかもしれません。それでも構わないのですが、まさにここが受動態を導入する絶好のチャンスになるわけです。現在、このような活動を先生方が工夫してやっていますが、次回の学習指導要領改訂のタイミングでは、教科書などの教材を、こういった授業のやり方により即した使いやすいものに変えていくということもポイントになります。

ー そういった授業をするためには、先生方がかなり勉強する必要がありそうです。

そうですね。国としても、学習指導要領の趣旨に基づいた実際の授業を収録した映像資料を全国すべての学校に配布したり、各地域で今後の英語教育改善の中心となる「英語教育推進リーダー」の養成研修を行ったりするなど、力を入れています。この研修では、各都道府県等から派遣された先生方に中央研修を受けてもらい、それを自分たちの地域に持ち帰ってさらに他の先生方に対して研修してもらう、というプログラムです。それにより、各地域の先生方の指導力を全体的に向上させることを大きな目標としています。小・中・高合わせて昨年度は約500人、今年度は私立高校からの受講者も含めて約600人が中央研修を受講しています。「英語教育推進リーダー」になるための中央研修受講者を今後も増やしていき、各自治体では5年間程度かけてすべての先生方に同様の研修を受けてもらう予定です。

グローバル化に対応した英語教育改革実施計画スケジュール(イメージ)

「グローバル化に対応した英語教育改革実施計画」(文部科学省)より。「中・高等学校英語教育推進リーダー養成研修」も計画の中に含まれている。

スピーキングに力を入れると試験の点数が下がるという誤解

ー 一方で、まだまだ受験のための英語の指導を求められる場面も多いですね。スピーキングばかりやっていると入試の点数が落ちる、というようなイメージがありそうです

保護者も先生も、とにかく大学に合格させたいという思いが強く、「4技能をバランスよく指導」とか「言語活動の重視」といったことがなかなか理解されづらいという面はあります。実際の言語活動を通して4技能を総合的に育成することを目指す授業は、文法の習得や読解力を身につけるには遠回りだという印象があるのかもしれません。でも、本来の言語の感覚や、それに基づいて言語を素早く処理する力といったものは、読解だけをやってきた人には身につきづらいものだと思います。4技能型の授業をやっていれば、結果的に触れる英語の量が増えるので、たとえ従来型の入試であっても突破する力が付くはずです。例えば、ディベートを行うためには、論題に対する賛成・反対両方の立場から幅広く情報を得なければなりません。そのためには、多量の英文資料にあたって概要理解や詳細理解など目的に応じた読み方をしたり、得た情報を書いて整理したりすることになります。実際、学習指導要領に沿った授業を展開し始めた結果、大学入試センター試験の点数が飛躍的に伸びている、という高校が増えているんですよ。ただ、現在の大学入試は全体として読むことに偏っていることは事実であるとともに、何の力を図ろうとしているのかが明確ではない問題も見受けられます。中・高の英語教育の改革と同時に、4技能を総合的に学習した結果として入試でも4技能の力を測る,という本来のあるべき姿に戻すという改革も、とても重要だと考えています。

向後秀明さん

子どもたちのために、先生には外の世界を見てほしい

ー 4技能を鍛えれば、従来型の入試でも突破できる。ですが、従来型の入試対策だけしていても4技能は身につかないということですね。

現在の入試に合格しただけの英語力では、社会に出た時に対応できないことも多いでしょう。先生が入試をゴールとして指導しているのだとすると、それは外の世界を見ていないということだと思います。今、社会では何が起きていて、どのような英語力が求められているのか、今後、社会はどのように変わっていくのかといったことに敏感になる必要があります。ですから、直近の目標だけに振り回されるのではなく、生徒の5年後、10年後、そしてその時、生徒は英語とどのように関わっているのかを見据えて英語教育を展開していくことが大切です。

ー とはいえ、先生方はとても忙しくて時間がないと聞きます。向後さんも以前は高校で教えられていたそうですが、そのことについてはどう思われますか。

確かにものすごく忙しいです。授業の他にも様々な業務があり、週末も部活動の顧問として勤務することが多い。そうすると、「英語の資格・検定試験に挑戦してみましょう」と言っても、受けるチャンスがないということになってしまいます。新しいことを導入して業務をただ増やしていったのでは、教員が潰れてしまう。現在抱えている膨大な仕事を、どの場面でどのように効率化し、どれだけの時間を授業指導などに使うことができるようになるか。その点において、今後は先生方が外へ出かけていかなくてもオンラインで研修を受けられるような仕組みも必要になってくるだろうと考えているところです。また、教科書などの教材についても、それを使用する先生方へのサポートがもっとあっていいと思います。例えば、関連したレベルの異なる英文をダウンロードできるとか、題材に関連した映像資料が使えるといった工夫を教材の作成者側でも検討していただいて、教材準備などの効率化を図ることも大切になってくるでしょう。

ー 生徒の英語によるコミュニケーション能力を高めるという、先生の本来の仕事とそのための授業力の向上に集中できるよう、国や業界のバックアップも期待されるところですね。

はい。すべては子どもたちの将来のためです。そのために、どのような教育が必要であるのかを考え、社会全体で改革を推進していかなくてはなりません。特に、英語教育については、産官学が一体となって子どもたちのコミュニケーション能力を引き上げていくことが強く求められていると思います。

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